井村知加

夢日記1 〜英雄


「おい! なにやってんだよ!」
 男子ふたりが先生に捕まってる。
 しかも両手で胸ぐらつかまれてる。
「お。原田か。今日はこのぐらいにしておくよ。お前も気を付けろよ」
 男子ふたりは生活指導の土橋から解放された。
「久美子サンキュー」
「腹にくらった。あと顔も。立派な体罰だよな」
 高橋と北条はちょっとした不良仲間だ。
 よく三人で先生たちに見つからない場所で煙草を吸う。
「罰としてトイレ掃除」
「最低」
「そんなの、あたしが手伝ってあげるよ」

 男子トイレは思いの外、汚かった。それこそ最低だった。
「うわ。男子トイレってこんなに汚いの?! 個室なんてヤバイじゃん」
 ふたりは掃除道具を手にしながら
「なんも、てきとーでいいよ」
「形だけでいいべ」
「いや、ここは完璧に磨きあげよう」
 久美子はデッキブラシとホースを奪い取り、
 便器にこびりついた奴らを徹底的に磨きあげた。
 個室のドアも、小便器も。
 今まで使われてなかったクレンザーを使い
 見事に艶が出るまで磨きあげた。
「一度きれいにやっとくと、次が楽でしょ?」
 そうして一仕事終えた久美子はセブンスターに火をつけて一服しだした。



夢日記2 〜刺繍〜


 わたしはあきちゃんの家に遊びに行った。
 理由はちょっと人恋しくて、さみしかったからである。

 あきちゃんの家には、もうひとり女の子が寝ていた。
 ひろみちゃん。

 ひろみちゃんはこたつからゆっくり起き上がると、わたしに無言でアップルティーを注いでくれて、銀紙で包まれた手作りのガトーショコラを手渡すと、もう一度寝なおした。
 ぼさぼさの、でもパーマのかかった、飴色の細い髪。
 ピンで無造作に留められた白いリネンのカーテンには、さりげなく刺繍がほどこされていて、天井からぶら下がった白熱灯の光を淡く反射させては、すこしだけゆれた。

 ひろみちゃんの手元には何枚かの布と、刺繍糸がうずをまいていて、すぐに彼女の趣味なんだなということがわかった。
 ちらかったあたりを見回すと、あちこちに彼女の刺繍がみつかる。

 ベッドカバー
 食器用ふきん
 コインケース
 ブックカバー
 携帯ケース

 あきちゃんは、ポットに残ったアップルティーをわたしに差し出すと
「てきとうにくつろいでね。リモコンそこだから」
 それだけ言い残し、こたつで寝てしまった。
 
 真冬の深夜2時。
 つめたいわたしの足は、こたつの中ふたりの足にふれて、すぐに温もりに包まれた。

 居心地がいい、という言葉は
 まさにこの空間のためにあるように思えた。







2010年5月発行「年刊文芸誌 DtD」掲載

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