井村知加

とりのエルム




あしをけがしたとりがいました。

そのとりは エルム といいました。

エルムはそらをとんでるさいちゅうに
あしをけがしたのでした。
ほかのとりにおそわれたわけではありません。


あるひエルムはあるばしょをめざして
そらをとんでいました。

それはとおくのくにまでみわたせる おおきなうみ。
エルムはどうしてもとなりのくにがみたくなり
ひがしへとむちゅうになってとんでいました。

そのとき いきおいのいい つよいかぜが
びゅーっとふきあれて
エルムはひこうのバランスをくずしてしまったのです。

エルムのしかいは きぎ のえだや はっぱばかり
め をひらいたそのときとどうじに
みぎあしにするどいいたみがはしったのです。
エルムのはねは かろうじて ぶじでした。

ふかふかのカラマツのじゅうたん
しめったつちのにおい

エルムはなんだかなつかしいきもちになり
きゅうになみだがあふれました。


ちいさいころ エルムのたびだちはじめんからでした。
す がじめんにおっこちたのです。
おおきなおとと おおきなしんどう
まだうんとちいさなエルムのみぎあしにはしったいたみ。

ほかのきょうだいたちにけがはなく
すぐにたびだつことができたのですが
エルムはしばらくじかんがかかりました。

みぎあしのバランスをうまくかんがえてのひこうほうほう
エルムのかあさんと
おさないながらに それをかんがえだし
エルムもぶじにたびだつことができたのでした。

そしていつのまにか
みぎあしのいたみのことなんてわすれていて
エルムはおおぞらをみわたすことができたのでした。

ふかふかのカラマツのじゅうたん
しめったつちのにおい
みぎあしのいたみ

なんて なつかしいんだろう。
エルムはみぎあしをひきずりながら
カラマツのもりをさまよいました。

たいようはとっくにしずんでいました。
ちいさなりすが こっちをのぞいているきがします。
かなしそうなおおかみのこえがきこえます。

エルムはなんとかぶじだったそのつばさで
き のえだまでとびのり
よるをすごしました。


たいようがのぼったもりは
よるとはまるでちがっていました。

オレンジいろのおおきなきのこがありました。
みどりのこけがあさつゆにぬれて、とてもきれいでした。

エルムはとぶことだけにむちゅうだったので
そんなちいさなもりのいとなみに
きがつくことはありませんでした。

「なんてうつくしいんだろう。」
エルムはみぎあしをひきずりながら
なつかしいカラマツのにおいにつつまれて
もりをあるきました。

つばさはおれてはいません。
しょくよくも ふつうです。
いたんでいたみぎあしはいくらかよくなりましたが
エルムはとびたつゆうきがありませんでした。

「ああ そういえば、ずいぶんとおくにきたんだな。」

エルムはじぶんがたびのとちゅうだったことをわすれていました。

ひがしをめざすか
にしにもどるか
エルムはわからずにいました。
エルムはきゅうにさみしくなりました。

りすがこっそりきのみをわけてくれました。
りすは、
「みぎあし、ほんとうにだいじょうぶ?」
と、しんぱいしてくれました。
ほんとうはエルムのみぎあしは、すこしだけいたむのでした。
「あし だいじにしてね」
りすはそういってかくれてしまいました。

エルムはまたしばらくもりをあるき、さまよいました。

ふかふかのカラマツのじゅうたん
しめったつちのにおい
かなしいおおかみのなきごえ

エルムはなぜか、であったことのないそのおおかみのなきごえにあんしんしてとびたつタイミングをかんがえるのでした。

みぎあしがきちんとなおるまで
ここにいようと、かんがえるのでした。

ふかふかのカラマツのじゅうたん
しめったつちのにおい

ここなら ゆっくりやすめると
エルムはカラマツのうすみどりのすきまから
まいにちまいにち、あおいそらをみあげるのでした。







2009年4月発行「中央分離帯の上 第二号」掲載
2010年5月発行「年刊文芸誌 DtD」掲載

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